蔵王いこいの里

『障害』から『個性』へ

理事長のひとり言
7月22日(金)、今夏第一回目のバーベQの日でした。



英国大学生達のリーダー役兼通訳として来ていた日本人青年大学生が、この週末を最後に別の青年に交代する予定だったので、また寮生の中でも一人翌週に退寮する予定がありましたので、それらのお別れ会も兼ねて盛大に実施。



バイキングでもそうですが、普通に型通りのバーベQをやると、寮生達の中には自分の食べたい肉ばかりを周囲の目も怒りも気にすることなくバクバク食べてしまうおバカさんが数名いるので、仕方なくお肉だけは予め一人分ずつ皿に移して配っています。ほんの数名なんです。殆どの寮生はそのくらいの空気は読めて周りへの配慮も出来る者ばかり。だからできる事ならホントはこんな手法は避けたいんですけど、無用な諍いを防ぐためには仕方ないんですね~。


発達障害による能力のバラつきにも色々なパターンがありますが、ここまで周囲の目を気にせず行動できる寮生は結構稀な方。これまで何度も言い聞かされている事なので、知らない、わからない訳ではないハズですが、どうしても自分の欲望に勝てず我慢が出来なくなってしまうんですね~、特に我々の眼の届かない所だと。困ったちゃんです。

この『我慢が出来ない』、言い換えれば『ストレス耐性の低さ』が、ADHD,アスペルガーなどの発達障害を抱える、あるいはそれに近い傾向を持つ者に共通した大きな特徴と言える部分です。程度の差はもちろんあります。いこいの里の寮生達も、細かい部分での差異は多々あれども、今現在も過去700名以上の若者達を顧みても、概ね7~8割方はこの傾向に当てはまっていたと思われます。このストレスへの適応力の低さから、感情的にも行動的にも様々な面で定型発達者との違いが成長と共に顕在化してきます。
あとは縄跳び、マット運動などの全身運動や手先の微細な動きが不得意で不器用という特徴も多くみられます。

これら身体の不器用さやストレス耐性の低さをベースとした失敗体験の積み重ね、とりわけ社会性の低さによる対人関係での負の積み重ねが、自尊心の低さやマイナス思考、不安感を増大させ、そこに家族を始めとした周囲の人達の理解とサポートが適切に得られないと、うつや神経症、各種依存症、反社会的行動などの2次障害へと発展してしまいます。不登校や引きこもり、ニート、非行などは、まさにこの2次障害を原因とした症状の顕在化と言えます。
この状態を放置して更に悪化させれば、統合失調症にも繋がる訳です。

ですから当事者が今どの程度の症状の段階にあるのかを見極めつつにはなりますが、最終的にはストレス耐性を強くする事、つまり我慢強さを身に付ける事が必須になります。その為には作業(仕事)や運動や学習において少しずつ出来る事を増やし、同時に自信や達成感を実感しながらたくさんの経験値を身に付けていく事が不可欠になる訳です。


まぁ中には発達障害の程度など全く問題になるレベルでない者もいます。それはやっぱり甘えであったり歪な家族関係であったりという所が原因でしかありません。
発達障害を持つ者の家族関係も、結果的に様々な形で望ましい状態の家族ではないケースが殆どです。

それに発達障害の特徴って、見れば見るほど自分にも家族にもあの人にもこの友達にもあの先生にも誰にでもあてはまってしまうモノが沢山あるんですよ、部分的にですけど。何百年も前から人類には一定割合存在していた事もほぼ立証されてますし。

ただその発達のバラつきや能力のアンバランスさがありつつも、社会の中で自立して生きていくための力は、何だかんだで身に付けられていたんです、昔は。それは『地震雷火事親父』の様な怖いモノの存在、つまり親や先生の厳しさであったり規範意識であったり他者への思いやりであったり、或いは遊びや日常生活での多くの人との関わり合いの中で、それらを実体験として意図せずとも経験し身に付けて行けた社会環境であり時代だったと思うのです。そうした特徴はありつつも、何とか自立して生きて行けるのであればそれは『障害』ではなく一つの『個性』でしかなくなるのです。

豊かで便利で満たされた社会になり他人との真の意味での触れ合いの機会が減るほどに、そうした『障害』から『個性』へと減退させられる環境からかけ離れていってしまう現実を認識できている人はまだあまりいないでしょうね。

ダメなものはダメ
今やるべき事は今やる
最低限の社会常識や礼儀を知る
集団の中で他人と接する
興味ない事でも最後までやり通す
計画性や優先順位概念の訓練

まだまだたくさんありますが、こうした訓練や習慣付けを出来る限り年齢の若いうちに数多く経験する事です。そうすると例え発達障害があろうとも、しっかりと『生きる力』を身に付け何とか自立して、或いは何事もなかったかのように社会の中で独り立ちして行けるモノなんです。

今社会人としてしっかり自力で生きている人の中にも、発達障害やその傾向を持っている人など何百万人もいますから。職場でちょっと変わった人、クセのある人、落ち着きのない人、人の話を最後まで聞かない人、感情が不安定な人、注意散漫で失敗の多い人、片づけの出来ない人(ワタクシ・・・)、仕事の遅い人、空気読めない人・・・・・、あぁあと学者さんとか浮世離れした大学教授さんとか・・・・・。程度によりけりですが、みんな発達障害の可能性大なんです。(一説には東大教授は半分以上当てはまるとか・・・?)
ですが、周りに迷惑かけているかもしれないけど、嫌われているかもしれないけど、変わり者として見られているかもしれないけど、自立でき継続できているならそれは『障害』ではなく『個性』なんです。

あんまり障害障害なんてばかり言わず、それらネックとなる部分を少しでも少なく軽くして、個性のレベルにまで落とす努力と訓練をすれば良いんじゃないですか?

あ、でもこの理屈が通るのはせいぜい20代半ばまでですからね。
30代以降に初めて自覚し、さらにそれまでの社会経験がほぼゼロなんていうケースはまず無理ですから。
若ければ若いほど可能性は高くなります。
だから早く動く事を勧めるのです。

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