蔵王いこいの里

暴力は薬では治らない

先週26日の事です。
23日に入寮した新入寮生の歓迎会を開催していたところです。



この辺りから少しずつ他の寮生とも話が出来る様になり、徐々にですが打ち解けていこいの里の雰囲気に馴染んで来たようです。やっぱりこういうイベントは必要ですね。

こうした歓迎会等の自己紹介の際に、
何故いこいの里に来た(連れて来られた?)のか
自分の至らない部分、課題の部分は何なのか
何をするためにココに来たのか
自分は将来何を身に付けて何をしたいのか

そんな事を流暢にスピーチできれば大したもんですけど、まぁまずそこまで初めからベラベラと話せる者はいません。そんなに話せたら通常ウチには来ません。話せたとしたら非行系か、口先だけで誤魔化す術を身に付けて生きて来たお調子者、或いは根拠のない自信の持ち主という、どちらにせよ見かけ倒しのあまり状況がよろしくない人物である可能性大です、私の経験上。

なので上手じゃなくていいんです、カッコつける必要など全くないんです。その時その時を一生懸命に取り組んで乗り越えようと努力する姿勢があればそれでよいのです。

他にも4月末からバイトに行き始めた寮生や、連休限定の短期だけでのバイトに行っている者からも一言挨拶。皆こうして少しずつ、でも着実に経験を積んで成長していきます。


ところで、この画像とは全く関係ありませんが・・・・・、
翌27日の水曜日に、地元山形の少年鑑別所の所長他職員の皆様5名と、常日頃から一部寮生達がお世話になっている精神科のドクター3名&相談員の方が、いこいの里へ視察にやってきてくださいました。

たまたま日程が被っただけで、この両者は何の繋がりも面識もなく別々の話。最近はいこいの里も非行系の子はあまり多くないですが、鑑別所の方々は、法的拘束力も強制力も持たないいこいの里が、過去30年以上に亘ってどのようにして様々な問題を抱えた少年達を更生させてきたのか・・・、そんな話を聞きに来てくださいました。

精神科の方々も概ね同様の理由で、精神科や心療内科の診察、治療、投薬等による対処の範疇外にある世の中の大半の不登校や引きこもり、ニート達を如何なる手法をもって自立、独立させているのか、それはどのような環境で日常的にどのような作業を具体的に実施しているのか、そうしたいこいの里の理念や具体的な取り組み方を聞いて実際に見てみたかったのだと思います。

寮生達の生の様子や部屋や敷地内もほぼくまなく見てもらいました。いずれも話は多岐にわたり、両者ともに双方に得るもののある実り多い時間になったと思われます。どちらもまずいこいの里の日常がいかに壮絶で大変で心身の苦労が絶えない現場であるかという部分にこの上なく感心?感激?してくださったようです。まぁ税金で賄われる公的機関でもなければ、治療費の7割が診療報酬等で賄われる医療の世界でもなく、どこからの支援も補助もない民間経営でこんな大変な事に取り組んでいるという気苦労の多さは、同様の青少年達と日常的に接している方々だからこそ嫌でも身に沁みて良く分かってしまうのでしょう。

鑑別所の様に塀で囲まれているでもなく施錠できる部屋がある訳でもなく、精神科の様に閉鎖病棟があるでもなく暴れる者を薬でおとなしくさせる事が出来る訳でもなく・・・、もちろん対象とする若者が若干違いますから当然と言えば当然なんですけど、稀にウチでもそうした対処を欲する事もありますが、まぁ単純に言えば基本的にウチはそこまで状態の悪くない若者を対象としている・・・という事で概ね的外れではいないでしょう。


そんな充実した数々のお話の中、精神科の先生とのお話に、実に興味深いというか、納得できるフレーズを聞く事が出来ました。それがタイトルに記載の『暴力は薬では治らない』です。
まぁ我々からすれば『そんなの当然だっぺ~』という感覚なんですが、当事者家族は意外とその辺に大きな勘違いを抱いているケースが多々ある訳です。

ちなみにこの先生、寮生達も数名診て頂いておりますが、お若いながらもその世界では結構著名な方。都内では診察予約に数か月待ちの状態だとか・・・。そんな先生と我々のベクトルが完全に一致している事に、我々も非常に嬉しくまた心強く感じました。
薬も滅多に処方しませんし(私は見た事がない)、しっかりと話を聞いてそれぞれの患者の状況を正確に把握し適切に対応してくれます。正直な話、私はこの先生と巡り合うまでは、精神科のドクターはあまり信用できませんでした。かつてはとにかく誰彼構わず『薬・薬・薬』で何種類もの向精神薬を一度に大量に処方する精神科医とそういう方針?の病院と(残念ながら)関わっていましたから、我々が毎日向き合っている一人の青年寮生に対し、いつまでも薬をやめさせようとしないその治療方針と、毎日向き合って誰よりもその青年の事をつぶさに観察し知り抜いているはずの我々の意見や考えなど一切聞き入れないそのやり方に極めて強い不信感を抱いていたのです。いったい彼らの目的は何なのか???と。本当に一人の人間を立ち直らせ自立させることを目的としているのか、それとも廃人同然になっても構わないから依存性の強い大量の薬でこの青年を病院に縛り付けようとしているのか???そんな事ある訳ないとは思いつつ、でもいずれにせよ、その病院は患者やその家族に目を向けていない、病院の都合を最優先にしていると私は強く感じたものです。
でも世の中捨てたもんじゃない、やっぱり我々の考え方と一致できる(真っ当な?)精神科医と病院も存在していたんですね~。その不信だらけの病院とは今は一切関わっていませんからご安心を。

それとかつてこの先生から『もう病院で出来ることは無いから』という理由で入院していた患者をいこいの里に入寮させる事を勧められた青年もいました。とても言葉で言い表せぬほど本当に色々大変でしたけど、10か月ほど在籍して後、今では仕事も継続して立派に独り立ちしています。これも以下に述べる話に該当するケースでした。

で、話を戻します。
『暴力』とは、この業界ではほぼ100%『家庭内暴力』、つまりDVのこと。その大半は親、特に母親に対する暴力です。家族外に年中暴力的であったら、それはもう立派な犯罪ですから通常の刑事的&社会的制裁が加えられます。しかし本当は家族同士であっても、実は立派な犯罪なんですけどね。その辺の特に初期の対応が理解不能なご家庭がまず非常に多い。

その一つの理由として、DVを『反抗期だから』という理由で呑み込んでしまう親、これが非常に多いと先生は仰っています。しかし以前先生の講演会でも勉強させてもらいましたが、反抗期というのは自我の芽生えによる自己の意志と親の意志との不一致から生じる摩擦が原因であり、自分の意志を通そうとする行為、つまり親離れや一人立ち、『脱依存』がその根底にあるのが特徴なのですから、そこからDVに発展するというのは根本的に反抗期のものとは別物だという事なんです。突発的に突き飛ばしたり手を挙げたりという事はあるかも知れませんが、それが日常化、常態化する事など反抗期では有り得ないのです。そもそも反抗期とは概ね中高生などの思春期に現れる現象ですから、成人した若者の反抗期なんて通常ありません。『遅めの反抗期』も無くはないですが、そこにDVが介在する事はありません。


日常化したDVというのは、自己の置かれた現状や立場に対する不満や不安を『暴力』によって紛らわしているだけの事であり、自分の実力不足を親に責任転嫁しているに過ぎません。まして『スマホ買え、パソコン買ってこい、金寄こせ』なんていうのは到底『脱依存』とは言えませんよね。めちゃくちゃ『依存』しまくりです。

とどのつまり、DVとは所詮親に対する『甘え』が根底にあるから起きる事なのです。思春期前の幼稚で甘えた思考のまま、身体だけが一丁前になってしまった若者が、何かの拍子で人生に躓いた時にその欲求不満を暴力という『近道反応』によって解消しているだけの話。『甘え』なのです。これもその先生の考えと全く同じ。

『甘え』が根本的原因である行為を、いったいどんな薬を使って治療するというのでしょう???『アマエロストマイシン』なんて言う薬でも創りますか???
そもそも本来それは医療行為でどうにかする話ではないんですよね、要するに。取り敢えずの危機回避手段としてならあり得ますけど、残念ながらそれだけでは根本的解決にはならないのです。

なら何が解決の手段なのか?『甘えている』事が原因であるならば、その『甘え』を取り除くしかないんじゃないですか?
どうやって?
基本は家庭環境、親子関係の改善ですけど、それが自力では難しい場合に、きっと我々のような団体がスポットを浴びるのでしょう。親元を離れ生活環境を変えるというのは非常に効果的な手法です。過去の事例が物語っています。もちろん共同生活だけが解決策の全てだとは言いませんけどね。あくまで『極めて有効な一つの選択肢』としておきましょう。ウチでも対応不可なケースももちろんありますし・・・。

そしてDVに限らず、暴力の伴わない引きこもりやニートも、本質的な部分は同じ原因でしかないと私は思うのです。不安や欲求不満を『近道反応』で短絡的に処理しているのか、『逃避』によって現実から目を背ける事で自分を維持しているのかの違い。一人の人間の大人らしい適応行動によって『合理的解決』に結び付けられないという点に於いて全く同じなのです。全ての引きこもりやニートががそうだとは言いませんし、その根底にADHDやアスペルガーという要因が絡んでいる事も多々ありますけど、そんな理由は今に始まった事でもなく、過去800名超のいこいの里の寮生達も、恐らくその半数以上は何らかの発達障害を抱えていたと容易に推測できます。今も実際にたくさんいますし・・・。彼らが皆『発達障害だから』という事を理由にして成長できなかった訳でもなく、社会的に自立出来なかった訳ではありません。むしろうまくいった事例の方が圧倒的に多いんです。

『甘え』だけが原因とも言いません。ある意味においてそれは『結果』とも言えます。子育てや成育環境の結果、年齢不相応にいつまでも幼く『甘え』を手放せない若者に育った訳ですから。『甘ったれた』若者に育った真因は更に奥深い所にあるという事です。

いずれにせよ人生に躓いて悶々と引きこもり続けている若者は、それぞれ色々な事情と経緯があるにせよ、概ね総じて『打たれ弱い』事も間違いありません。心が脆弱です。ひ弱です。その弱さは、長い人生の中で何度も直面するであろう『壁』にぶち当たった時に、概して『逃避』という行動に走らせてしまう最大の要因となってしまうのです。

どこかでその『心の弱さ』を改善、克服しなければ、いつまでも『逃避』を繰り返すのみで、やっぱりこちらも根本的解決には結びつかないのではないでしょうか?それも可能な限り出来るだけ早い、若い時期にね。『逃避』が習慣化し身に染み付いてしまう前に。


はぁ~、長くなりました。
2日がかりの投稿、冗談抜きで疲れました。
まだ『蔵王だより』5月1日号にも取り掛かっていないのに・・・  



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