蔵王いこいの里

満たされた社会の行く末

今月初旬の画像。



里の目の前の敷地を整地した際にでた伐採した木や間伐材を頂いている所。(最後の1枚はフキの皮むき作業。)
結構な大木も多いので、運べる大きさまで切断しながらの作業。切断は当然チェーンソーという機械。コレ結構危険。使い方間違ったり下手をすると大怪我はもちろん、人の命にまで関わる事にも繋がりかねないもの。誰にでもやらせる訳にはいきません。

とは言え、教えられた事をしっかり覚え手順を守り、注意事項を確実に忘れず遵守し使っていれば、基本的に大きなトラブルは起こりようがないモノ。

結局は
1・人の話をしっかり聞いて扱い方を正確に理解する力
2・言われた事を数回で記憶し忘れない力
3・注意事項を守ろうとする誠実さと意識の高さ
4・動力機械を使いこなせるだけの筋力と体力
これらの能力がソコソコ身に付いていると我々が判断すれば、教えて使わせるようにしますが、多くの寮生は上記いずれかの力に不安と懸念が残るもの。

現状16名の寮生のうち、コレを使わせられるのは6名程。そしてコレを扱える程度になった者は、当然外部への仕事に向かうくらいの力を持っている訳で、6名中3名は基本仕事組。

チェーンソーを扱えるから仕事組に行けるという訳ではない。
しかしこうした里での様々な日常作業を何でも覚え、こなし、扱い、リーダー的な立場に成長していった者が、結果的に仕事組に進める、つまり自立に向けた駒を着実に進めていくという現実がある事は疑いようのない事実。チェーンソーに限らず、たいがい何をやらせても作業処理能力の差は同じ結果になる。
掃除も
山菜採りも
農作業も
スキーも
接客手伝いも・・・。

だから屁理屈ではなく、実際に行動する事。
行動して覚える事、覚えようと努力する事、これが一番大事。
それが出来る者がやはり成長が早い。

能力的にいかんともしがたい場合も多々あるが、せめてそれに取り組む姿勢や気持ちがあれば教える方も何とかしてやろうと思うもの。しかし能力的にも厳しい上に、やる気も覚えようとする気も無く、暇さえあれば我慢できずにお喋りして妄想劇場を演じているような状態ではまだまだ先は長い。

いつまでも親の脛をかじっていても、恥ずかしいとも情けないとも思えない、羞恥心を感じない心が幼い状態では、自立への基本的な動機付けに乏しい訳で、当然そうした要因は彼らの自立を大きく遅らせることに繋がっていく。

自己評価が低い、能力的に羽ばたくだけの力が備わっていないなどの足かせは確かにあるが、結局は彼らは満たされ過ぎているのだ。夢や希望を持てないなどという屁理屈をよく耳にするが、夢や希望はある意味において現状に対する不満や葛藤から生み出されてくるものでもある。満たされている者にそう簡単に夢や希望が見つかるはずなどない。

物質的、金銭的に困窮していない。
自由や大人の世界に飢えていない。
何よりも現状でも食うに困らない環境がある。

発達障害は要因の一つ、それは間違いない。でも何度も言うが、それは今この時代になって新たに出現してきたモノではない。
より厳しい世界や環境を経験して来たならば、多少の躓きや苦難があっても、いずれ自力で壁を乗り越えられる我慢と忍耐が身に付くものである。

結局は、満たされた現代の社会環境や家族の優しさの上にあぐらをかき、甘い考え、甘い生き方をしてきているのではないか?もっともそうさせてしまったのは本人ではないし、取り分けまだ学齢期にある者にしてみれば、本人の責任とするにはあまりにも不憫ではあるが・・・。

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